― 創業の精神 ―

『世のため人のため』
世の中に役立つ人間になって
世のため、人のため、目の前の人のために生きる

※1

― 経営理念 ―

明るい豊かな人間になり
明るい豊かな社会をつくり
明るい豊かな社会づくりに貢献する

※1

― 使命 ―

建物に表情と息吹を与え
快適空間を創造する

※2

― ビジョン ―

お客様に役立つ200年企業になる

※3

― 事業部ビジョン ―

【ビル工事事業部】
日本一役立つプロ人財とエンジニアリング機能を
創造し続ける事業部になる

【住宅建材・卸事業部】
顧客満足を追求し、最適な提案を組織力で実現する

【フロントエンジニアリング事業部】
日本一役立つフロントエンジニアリング事業になる

― 社是 ―

『挑戦』 『信用、信頼』 『大家族主義』

※4

※1
創業の精神の「世のため人のため」とは、明るい豊かな社会づくりに貢献するということである。
明るい豊かな社会づくりに貢献するためには、明るい豊かな会社をつくらなければならない。
明るい豊かな社会をつくるためには私たちが明るい豊かな人間にならなければならい。

※2
私たちが扱っている商材は建築用のガラス、サッシがメインである。
住宅の玄関サッシはまさに住宅の顔。ガラスは外と一体となった空間をつくり、なおかつ快適空間をつくり出している。
最近の高層ビルはガラスとサッシの建物である。
ガラス・サッシはまさに建物に表情と息吹を与え快適空間を創造している。

※3
創業200年を迎えるときはなんの商売をしているかわからない。しかし、そのときまで存続していなければならない。

※4
『挑戦』
創業者の精神は挑戦である。アメリカに密航しようというのはまさしく挑戦そのものである。関東大震災のときの東京支店もそうだ。戦後のいろんな事業への挑戦もそうである。タシロにはその挑戦の遺伝子が流れている。

『信用・信頼』
タシロが108年続いたのはなぜか。それはお客様からの信用・信頼があったからである。200年っ続くあtめにはもっとも大切にしなければならないことである。2代目の順之助社長がこの遺伝子をつくってくれた。

『大家族主義』
私(博之)は生まれたときから大家族の中で育った。叔父さん家族、叔母さん家族と一緒にいた。社員さんも住み込みで働いていた。出口常務は16のときに住み込みでタシロに入社した。私と同じ歳である。私が高校生の時は一緒にご飯を食べていた。今まで52年勤めている。
私の妻が嫁に来たときは90代の祖母が2人いた。父の母と、母の母である。そして子供が4人、年子で生まれた。倫太郎が大学を中退し、嫁を連れて家に帰ってきた。倫太郎に子供が生まれてから博之の母が亡くなる2年前まで、我が家は4世代同居だった。
写真は100周年のときにハウステンボスの船を借り切って祝ったときのもの。社員さんの家族も招いた。コロナ禍前は毎年、社員さんの家族も呼んで大家族懇親会を開催していた。